東北放送(TBS)の元アナウンサーの薄井しお里さん。
現在はなんと、グラビアアイドルとして活躍中のようです!
薄井しお里さんのプロフィールなどをおさらいしつつ、
現在は、どのような活動をされているのか、
徹底調査します!
薄井しお里さんのプロフィール(時々、ツッコミます(笑))
薄井 しお里(うすい しおり)
生年月日 1990年5月28日(29歳)
出身地 茨城県日立市
血液型 A型
身長 162cm
出身校 茨城県立日立第二高等学校
法政大学
職歴 東北放送
↑茨城県のローカル放送じゃなかった
活動期間 2013年 – 2014年(アナウンサーとして)
2018年~(グラビアアイドルとして)
職業 グラビアアイドル
趣味 激辛料理を食べること
洋裁(服を作ること)
料理(和食が得意)
↑激辛料理を食べる以外は、いいお嫁さんになれそうですね!
特技 ピアノ(5 歳~18 歳/耳コピが出来る)
声楽(高校 1 年~3 年)
スポーツ観戦(主に野球) ←これは『趣味』のような…
野球のスコアが書ける ←これは『特技』ですね!
↑耳コピできて、声楽の特技がありながら、音大はいかなかったのですね…
お金かかりますからね(汗)
事務所 リップ
公式サイト R・I・P(リップ)プロフィール 薄井しお里
薄井しお里さんのアナウンサー時代は『ノー○○』
アナウンサーを目指すきっかけにもなったのは、高校卒業直後の2009年3月21日。
第81回選抜高等学校野球大会の開会式で、入場行進の司会を担当したことだそうです。
まだアナウンサーになる決心が固まらなかった大学2年生の時、東日本大震災が発生。
当時出身地の日立市に居て、現地の被害状況を伝えて回る役割を担い、
その時に停電で、テレビなどが視られないことで情報が得られない状況下、
「伝えてくれて助かる」
という言葉を受け、アナウンサーを目指そうという思いが強くなったとのだとか。
責任感が強く、またボランティア精神も強い方だったんですね!
確かに、東日本大震災は、被災地出身の方にはショッキングが天災で、
「なにかやらなくちゃ。できることをやらなくちゃ。」
って、切迫した気持ちが湧いてきましたよね(汗)
当時、茨城県に在住していた私もそうでした…。
2015年6月22日以降、東北放送公式サイトのアナウンサーページから、プロフィールが削除され、退職したことが判明したようです。
特に公にすることなく、『そっと』お辞めになってしまったのですね(汗)
やはり、子供の頃からの夢、
『グラビアアイドル』の夢があきらめきれなかったのでしょうか。
実はアナウンサーをお辞めになってから、びっくりするようなエピソードを告白されています。
それは…、
緊張をほぐすため、ノーパンで原稿を読んでいたのだそうです。
ええ~~!ホントにびっくりですね!(汗)
ニュースを読んでいる時、いつも緊張してしまうことが悩みの種だったとか。
そんな時に壇蜜さんの
「いつもノーパンです」
という発言をテレビで見て、自分もやってみたというのです。
「今パンツを履いていないと思うと、緊張してる場合じゃないと思うようになって、仕事でもプラスになった」
と話す、薄井しお里さん。
え~~…、よけい緊張しそう…(汗)
薄井しお里さんのグラビアアイドルの活動は
小学生の頃からずっと、グラビアアイドルに憧れていたそうです。
しかし、お母さんから心配されたり、本人も恥ずかしさが先立ってしまったりで、
周りに、グラビアアイドルになりたい夢を、なかなか言い出せずにいたのだそうです。
小学生くらいからだと、やはり『恥ずかしさ』が先に来てしまうかもしれませんね。
そして、お母さんも当然、心配するかもしれません(汗)
グラビアアイドルへの道に進む手段として、得意のピアノを生かして音楽の道に進もうと考え、高校に入学するのと同時に本格的に声楽を学び始めたのだとか。
高校は、おそらく『普通科』だと思うのですが、音大付属などの高校に進まず、声楽を学ぶというのは凄いと思います。
得意は演歌。中でも十八番は坂本冬美さんの『夜桜お七』だそうです。
妖艶な薄井しお里さんが、目に浮かびますね☆
現在のグラビア活動は、というと、写真集と来年のカレンダーを出されていますね。
お見せできないほど、けっこうきわどかったです(汗)
薄井しお里さん、私なんかよりぜんっぜん!お若いんですよ。
お若いんですけども…
やっぱりグラビアアイドルって、10代くらいだと、健康的な水着着てニコニコしてるだけで許されそうですが…
来年三十路となると、どうしてもエロい路線も挑戦しないと…って部分、あると思います。
『大人の色気』が売りといいますか…(汗)
ご本人が、『これでよい』と思ってるなら、おきれいだし全然いいと思います☆
結論:薄井しお里さんは子供の頃の夢を一途に叶える人だった
さてここまで、薄井しお里さんのプロフやアナウンサー時代、現在の活動などを見てきたわけですが、最後に今回のポイントを振り返ってみましょう。
- アナウンサーのきっかけは選抜高校野球の司会
- 東日本大震災で感謝されたことから、アナウンサーになる決心を固める
- しかし、子供の頃の夢をあきらめきれずグラビアアイドルへ
- アナウンサー時代、ニュース番組はノーパンだった!
いかがでしたでしょうか。
『ノーパン』は衝撃的な告白でしたね!
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。